宮前バスの旅
宮前区内を走るバスは約45路線。坂が多い地域でもあり、バスは日常の足として欠かすことができないものです。
そんな移動手段としてふだん利用している路線バスも、のんびり“バスの旅”を楽しめば、窓の外には今まで知らなかった風景が待っています。
毎回、ひとつの路線を始発から終点まで乗車し、気になる停留所に途中下車。そこで出会ったものを紹介します。
路線案内
【運行バス】 川崎市バス
【系統名】 溝25
【おもな停留所】 溝口駅南口—千年—能満寺—久末団地—高田町(山本記念病院)
【運行距離】 約6.5km
【経路】 JR武蔵溝ノ口駅・東急田園都市線溝の口駅南口の道路沿いにある溝口駅南口停留所から出発。左手に洗足学園を見ながら直進し、第三京浜の高架下を通過。橘交差点から市民プラザ通りに入り、千年交差点を右折。中原街道を進み、能満寺交差点を左折。尻手黒川道路を横切り、蓮花寺を過ぎた交差点を右折。住宅街の先のS字坂を上り、右折。川崎市と横浜市の境となる道を行き、久末団地前の交差点を左折。突き当たりの三叉路を右折し、次の三叉路で再び右折。山本記念病院の前にある高田町停留所に到着。
【特徴】 川崎市高津区にある武蔵溝ノ口駅・溝の口駅から横浜市港北区・都筑区へ向かう路線(宮前区とは能満寺交差点のあたりで最接近するのみ)。おもにマンションや団地を含む住宅地を走り、緑地や畑なども多く見られる。1時間に1〜3本運行(9時〜22時、18時台は0本)。全区間川崎市内運賃の200円。高田町停留所からの復路は朝夕のみ原01中原駅前行きも。
溝口駅南口
富士見台
蓮花寺前
高田町
バス旅記
マンションが隣接する末長熊野森緑地。
大好きな人だけにそっと教えたくなる
ヒミツの場所のような空間。
溝口駅南口停留所発のバスが行く道を地図でなぞりながら地名を見ると、まず高津区久本、少し進むと末長、そして新作の次は千年……。なんだか長く久しく、めでたさいっぱいの地名揃いです。
地形の様子を表し、地名の由来とされる “地形語”では、「本」は山の下、「末」は山の上を意味するので、「久本」は平野が広がり、「末長」は丘陵が続く地だったのかなあ? と、思い描きながらバスに揺られていくと、「次は富士見台、富士見台です」のアナウンス。富士見ということは、富士山が見える場所!? と下車します。
右手に緑に覆われた丘。上り道はないかと周囲を歩き、「末長熊野森緑地」の看板が立つ階段を上っていきます。途中で息を整えつつ着いた丘の上は太陽がさんさんとまぶしい広場。だれもいなく、お弁当を広げるのにぴったりなテーブルが2つあります。残念ながら富士山の姿を確認できませんが、緑地の由来を記した看板が目に入りました。
それによると、このあたりは中世の頃に「熊野権現」が建っていたことから「熊野森」と呼ばれ、その森の一部が緑地として残されているのだとか。歴史が深い緑地なのです。
蓮花寺では偉人の格言や
プッと吹きだしてしまう川柳などを並べた
伝道絵馬、本堂前にある線香着火器にも
注目。
看板には末長の地名の由来について、「寛治5年(1091)、八幡太郎義家が後三年の役の帰り、丘の上で奇異な石を見つけた。そこで武運を祈って弓矢を納め、民が末長く栄えんことを願ったといわれている」という説明も。「千年」も文字どおり長く栄えることを祈って名付けられたと考えられており、地名にこめられた人々のアツい思いを胸に感じます。
さて、再びバスに乗って、次に下車したのは蓮花寺前停留所。こちらもまたなんと美しくて、心を穏やかにさせてくれる名前! と、「南林山普門院 蓮花寺」へ足を向けます。
元慶2年(878)、常暁法印によって開基と伝えられ、真言宗智山派に属する古刹。常暁法印とは空海や最澄らとともに平安初期に唐に渡り、密教経典を伝えた8人の祖師のうちの1人です。
蓮花寺にゴジラ出現!
『ゴジラ』をはじめ数多くの作品を世の中に
送り出した映画監督・本多猪四郎氏と
縁があるとのこと。
参道を行くと「阿吽形像」「十六羅漢像」、境内を歩くと「釈迦大涅槃像」「十二干支像」「不動明王坐像」「弘法大師像」「延命地蔵尊」「七福神」などなど、石像を次々と見つけられます。
「お墓参りだけでなく、気軽に訪れて心を和ませられ、また来たいと思ってもらえるお寺でありたいので、さまざまな石像を祀って、みなさんに楽しんでいただいています」と蓮花寺の方。境内の周りの道にはなんと「二宮尊徳像」「ゴジラ像」「ミッキーマウス像」も置かれていて、子どもたちにも大人気です。
「12月の大晦日には演芸大会や富くじの抽選会を行い、2000人分のけんちん汁をふるまいます。『日本一早い朝市』も開くんですよ」。2月3日の「節分会豆撒式」ではお餅・パンなどの食料品やおもちゃを撒き、4月8日の「花まつり」では野点を行い、山形の玉こんにゃくやそばをふるまうなど、毎年催される行事にも大勢の人々が詰めかけて、たいへんにぎわうそうです。
身体の悪いところをよくしてくれるという「おびんずるさま」を参拝したり、招福、商売繁盛、金運、厄除、縁結びなどのさまざまな種類の御守りを購入したり、ご利益をたくさん授かれるお寺。
「蓮華寺というとおり、昔は蓮の沼があったと聞きます。いまも7月下旬〜9月上旬、池に古代蓮の花が咲きますよ」。ふ〜む、この時期も訪れなければなりません。
みかん畑に挟まれた道で
12月下旬まで営業の鈴木園。
7月頃には収穫した枝豆を販売。
遠くから訪れるファンも多い。
「隣接する農家のみかん畑では、もぎたてのみかんを販売中ですよ」と聞いて、上り坂をよいしょよいしょ。『みかん狩り 直売あります 鈴木園』の看板から水色のフェンスをたどっていくと、収穫したばかりのみかんや野菜、自家製漬物を並べた小屋。「みかん狩りができる毎年11月下旬〜12月下旬に直売所を開いています」と、鈴木園のおとうさんとおかあさんが笑顔で迎えてくれました。
みかんを味見させていただくと、甘いながらもちょっぴりすっぱくて、懐かしい味。果汁がたっぷりと口の中にあふれて、太陽をいっぱい浴びて実ったんだとわかります。そう、鈴木園は陽あたり抜群の丘の上に立地。みかん畑のあいだに伸びる階段からは東京や横浜方面への眺望が広がっているのです。
「あれは武蔵小杉のビル群。天候がよければ、六本木ヒルズやお台場、横浜ランドマークタワーやベイブリッジも見えるよ。それに夜景もきれいなんだ」。いやはや、こんなに眺めがよいところと出会えるとは。またまた“ヒミツの場所”を見つけた気分です。
限定70個の自家製みそ(ほろふき大根や田楽に最高!)をお土産に買って、高田町停留所に着いたときはもうすっかり夕暮れ。高田町停留所の近くからも横浜方面を見渡せるところを発見し、陽が沈むにつれて刻一刻と変わっていく空と街の色に息をのんだのでした。
2009年12月に取材しました。
文・写真・地図:森田奈央
川崎市在住のフリーライター。散歩が好きで、好奇心のおもむくままに日々歩きまわっている。著書に猫を追いかけて歩いた「ネコ路地へ行こう」(小学館文庫)。